入院中の出来事を振り返る



 

さきほど

生死をさまよった!死の淵から生還した状況を振り返る

と題して入院中の院内食画像をアップしました。

実は、もう1台タブレットを持ち込んでいましてその写真が出てきたのでもう1記事書いてみたいと思います。

いきなり食後の写真ですね。

ほぼ全食このように完食しました。

 

入院中に撮った写真が院内食ばかりですけど、他に撮るものがなく記事とは無関係に挿入していきます。

 

入院は大変です。

面会に来てくれる身内がいないと看護師にされるがままになります。

だから、自分の味方に毎日2回来てもらっていました。

1番嫌だったのが排泄で、尿管を通すわけですけど初日にもう耐えられなくなりました。

尿道に尿管を挿されて、これがとても痛くておしっこが出ません。

うんこはおむつを履かされてもう廃人扱いなんですね。

私の場合、60度以上体を起こしてはならないルールが導入されていました。

それはきっと倒れてしまうから。

立ち眩みがするというか、心筋梗塞は元々そういう病気なので。

もし、今後誰かが入院したら面会に行ってあげないと患者さんが看護師の手によって汚物垂れ流しの廃人にされてしまいます。

私の場合どうしたかというと、自分でトイレに歩いて行けるようになるまで我慢しました。

 

財布がないので自動販売機でジュースを買うことができませんでした。

ちょっと甘い物が欲しいなとは思いましたが、そのおかげで血糖値が下がって常人レベルまで回復。

相部屋で一緒になった人がナースコールを駆使してお使いを頼む様子がうらやましかったです。

私の面会に来てくれた同居人はとにかく病院の指示に従えという考えでタオルやパジャマ以外のものを与えてはくれませんでした。

 

そもそも入院患者の中で私は1番若かったので、院内を自由行動している様子を看護師にたびたび目撃されてしまったようです。

看護師といっても好意的な人とそうでない人がいました。

体拭きましょうか?と言われてはいと返事してもその日来ることがなかったのはただの口約束だったからでしょうか。

シャワー室を借りて洗い流すことにしました。

私は自分でできることは自分でやりたいので、看護師さんにはあまりお世話になっていません。

 

入院した病院では午後9時が消灯時間で、それ以降テレビもダメになります。

翌朝午前6時の起床までが本当に長く、いびきをかいている人は寝ているとすぐに分かります。

知らない人と相部屋になってからはなかなか寝付くのが難しくて苦労しました。

夜中にスマホでユーチューブを観て時間を潰していると監視カメラがあるのか看護師さんがやってきます。

確認程度で特に何も言われず帰っていきますが、就寝時間はベッドで横になることしかできなくて苦痛でした。

日中だと外の景色を見たり光が差し込むので日光浴ができます。

 

午前中は血圧・採決・体重計・体温を測るのが日課で、午後になるとそれが落ち着いて静かな安らぎの時間に思えました。

新聞を読みに毎日50メートル先のルームに通うのが唯一のお楽しみタイム。

ここでは無料のお茶が飲めますしテレビもある人気スポットと思いきや、来る人はまばらで入院患者がいかに高齢で終末医療を迎えた人が多いことを感じました。

 

主治医は言ったことがすべて本当の人で、私がなんとなく言ったことでさえも実行してくれる心ある先生。

希望した退院日もきちんと理解してくれてすべての検査がその日までに終わるようになっていました。

一体、いつになったら退院できるのか。

それだけ考えながら不安な入院生活でしたね。

9月4日には退院できたわけですけど、その日を過ぎたら病院から脱出しようと逃げ道ルートを模索。

主治医のおかげで円満に退院できたことが嬉しかったです。

そうそう、この食事はチキンを揚げたやつだと味わっていたら衝撃の魚だったことを覚えています。

左下のがチキン風魚揚げですね。付け合わせがパプリカ。

美味しかったです。

迂闊に入院してしまうと看護師さん達にちんこを弄ばれるゲームに参加させられてしまいます。

次倒れそうになっても救急車を呼ぶことはきっとないでしょう。

 

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